久しぶりに小旅行しました。
(って言ってもこの間門司まで出かけたんだけど)
現実逃避っぽいけど、いいリフレッシュになりました。
ビジネスホテルに泊まったんですが、ひとりではしゃぎまくり
ました。以前中津に来たときは旅館に泊まったんですが、
眠れなくて困ってたんですがビジネスホテル(以下ビジホ)は
ベッドなのでぐっすり眠れました。目覚めもすっきりヽ( ´―)ノ
ビジホサイコー!!また来るぜ!( ̄+― ̄)キラーン
ただ、朝食は旅館のほうが美味しかったんですけどね・・・;;;

寝つきが悪いので薬を変えてもらったところ、何とか眠れるように
なりました・・・が、一部の薬が異様ににがくて、普通に水を飲んだら
苦味がぶり返すんですよ。麦茶でも駄目。煎茶も。
だから、薬がなくなるまでジャスミン茶と玄米茶で何とかやり過ごし
ました。あと、最近出ている七色亜茶が意外と飲めました。
私は冷やしているときの味のほうがすっきりしていて好きです。
結局、薬はまた変えてもらいましたよ。根性ないから。

髪を切りました。
背中に届きそうなくらいのを肩に乗る程度までばっさり。
美容師さんに「ホントに良いんですか」と言われたけど、もうこの長さで
夏場を乗り切る勇気がなくて。髪の量が多いし毛が太いので、大変で。
すっきり。
前髪を作ってもらったので、若く見えるし切って良かったですよ。

大分市では6月の土曜日の夕方から「夜市」というちょっとした縁日の
ようなものがあります。
浴衣を着たいねー、と姉と話していたので早速持っている浴衣をどこに
しまったか探し始めたんですが・・・着物用のタンスには帯しかなくて、
そういやほかの着物(母の)って見たことないなー、と思ってあけて広げて
みたら、よそいき用のオサレな着物が出てきました。最近着物に興味が
あるので、他も見てみたかったんですが・・・広げた着物を元にたためず、
母にぶつぶつ言いながらたたんで貰ったので何も言えませんでした。
ちなみに、母が20代のころの着物らしいです。XX年か・・・
浴衣はどう考えてもサイズ的ににキツイのではないか、と言う結論に達し
また買うことになりそうです・・・ちなみに姉の浴衣は、デザイナーさんが
CGをプリントしたと言う、ハイテクオサレな浴衣でかっちょいいです。

最近気になっているんですが、かれこれ大分に住み始めて12年。
母は未だに宮崎弁を使います。(前は宮崎に住んでいた。)私はあんまり
気にならなかったのですが、よく人に「宮崎の人ですか?」と言われる程
なまっているみたいです。それから母の宮崎弁が気になり始めました。
確かに注意して聞いていると「てげ」だの「〜ちゃがー」だの使ってます。
母よ、何故大分弁色に染まらない?!住み始めたときは「言葉が早すぎて
聞き取れない」・「怒っている様にしか聞こえない」と文句を言っていた
私でさえすっかり大分弁なのに・・・我が家の七不思議のひとつです。
宮崎弁のほうが言葉的におっとり・のんびりした感じがあるんですよ。
母はのだめと同じく家具で有名な大川出身です。大川の言葉は結構荒い。
青森出身の従姉の旦那さんは特に大川弁の強い叔父の話が聞き取れない?
らしいです。方言って面白いですねぇ。
私が1ヶ月くらい大川の母の実家にホームステイしたことがあるんですが、
帰るころにはすっかりネイティブな大川弁に。(笑)
なぜかというと、大分弁だと微妙なニュアンスを伝えにくいみたいなのです。
コミュニケーションをとろうと思うと同じ言葉を使うほうがいいんですよ。
従兄の子供たちと話していて思いました。
それは外国語とかでもそうなんでしょうかね〜〜

「危険な関係」はあんまり見ないんですが、ときどき「おみやさん」は見ます。
しばじゅんの歌が流れてくるとなんかうれしい。「危険な関係」は冒頭だけ見て
歌が流れ終わったらチャンネル変えてます。
こういうドロドロ系って、気になっていつの間にかはまってしまうんだもの・・・

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